銀の箸 [フラットメイト達と]
Jさんと台所でそれぞれの夕食を作っていたときの話である。Jさんが私が日本から持ってきて愛用している箸を見て、
「日本の箸は竹製が多いの?」と聞いてきた。
「うーん、竹もあるけど、木製の箸もあるよ。中国ではどうなの?」
「中国も同じ、竹製と木製が主ね。高級なものになると銀製の箸もあるわね。」
と、何かを思い出したのかJさんは少しの沈黙ののちに、
「私のお父さんは、上級将校待遇の軍医だったの。」と言った。
いつもと変わらぬ陽気な話し方の中に、多少の緊張感を感じた私は彼女の次の言葉を待った。
「当時、お父さんにはたくさん部下がいて、その中には料理人、ドライバー、仕立て屋もいたのよ。仕立て屋には息子がいたんだけど、ひどい腕白坊主でね。あるとき、ご飯を食べているときにあまりにもその腕白坊主がひどいものだから、お父さん手に持っていた銀の箸でその子をひどくたたいたのよ。」
「その子は、頭からひどく出血をしてしまったのだけど。当時、誰もお父さんのその行為をいさめる人はいなかった。なぜなら彼が最もえらかったから。誰も彼には逆らえなかったから。そして、お父さんもその当時忙しすぎて自分の行為を省みる暇もなかったのよ。でも、お母さんと結婚して人の親になって、自分がいかに愚かなことをしたのかわかったそうよ。」
そして、彼女は私の方に振り向き、
「そんな自分の過去の過ちを、私に告白してくれたお父さんを、私は心から尊敬しているわ。」
とまっすぐ私を見据えた。
私は彼女の言葉にしびれてしまった。
腕白坊主:naughty boy
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